家族の中心でポジティブで

こんばんは😊



今日は笑顔の素敵なタレント、アンミカさんの生い立ちからの学びと気付きについてです



モデル、タレント、ジュエリー・ファッションデザイナー&プロデューなど、多方面で活躍中のアンミカさん



TVで観ない日はないほどですよね



QVCのテレビショッピングではプレゼン能力の高さが際立ち、視聴者の購買力をかき立てる話術は本当に素晴らしいです



素敵な伴侶も居て順中満帆なアンミカさん



そんなアンミカさんの幼少期は、かなり驚きの貧乏エピソードがありました



 💃💃💃💃💃💃💃💃




アンミカさんは、1971年に韓国・済州島に生まれ、1975年に家族7人(父母、兄妹5人)で大阪に移住してきています
 

〜ネット情報より抜粋〜

エピソード①:長屋の2階部分の4畳一間に家族が7人、4畳のお部屋が一つのみ
寝る時は、一人当たり畳半分のスペースで寝ていたということでしょうか。。

エピソード②:スイカのルール
①スイカの種は捨てずに砂糖をまぶして飴代わりにする
②スイカの皮の白い部分は、体を洗うのに使う

エピソード③:果物ルール
果物は買わない
果物は、夜中に子供たちが3駅ぶんほど歩き青果市場へ行き調達していた

調達方法は、朝の市場で売れ残ったフルーツや傷んでいる品物を、市場の人々から頂くというもの

エピソード④:病院ルール
病院は行かない
「うちは貧乏やから病院に行くお金なんかない」と言われて育ったアンミカさん

病院に行かないルールがあるだけに、健康にはかなり気をつけていたと言いますが、アンミカさんは鼻を骨折
病院に行かないルールのもと、母親だけが病院へ行き、病院の中だと診察料がかかるため医者を外まで連れ出して、骨折の治し方だけを聞きだしたと言うエピソードがあります

それに従って自宅で治療した結果とても綺麗になおっているので、その処置は適切だったということです

エピソード⑤:シャワーと風呂について
アンミカさんは貧乏時代、お風呂がある家に住んだことがなかったと言います

では、お風呂はどうしていたかと言うと、銭湯や、部活でシャワーを浴びてきたりしていたと言います
また1階の共用の台所で朝シャンをしていたということです

エピソード⑥:TVのコントロールはペンチで
テレビは拾ってきた小さなもの
しかもチャンネルが壊れて、四角い棒が出ているところをペンチでつまんで回して見る

エピソード⑦:家族旅行が独特
当然遠くへ行くことはできなかったようですが、家族旅行はしていたと言います
どんな旅行だったかと言うと、「大阪の環状線にひたすら乗る」というもの

ずっとぐるぐる回っていても、飽きるので、外回りと内回りと景気を変えて旅していたという強烈なエピソードがあります





傍から見たら、仰天エピソードばかりですが、TV番組では、隠さずにあっけらかんとお話しされていて、そのギャップがまた魅力的でした



これは、家族の中心に居るお母さんがとにかく明るくたくましく、この生活を如何に楽しくポジティブに過ごそうかと工夫されていたことが大きいです
しつけは厳しく、でも褒めて良いところを伸ばしてくれたとおっしゃってました



このお母さんのような力強さを見ながら育つお子さんは、環境に左右されず人間力を強くし、自分で道を切り拓くことが出来るのだろぅと思います




さまざまな環境の中で子育てを頑張っているお母さんに感謝!!です














今日も読んでいただき
ありがとうございました🤗
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